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吃音を克服するとはどんな感覚なのか?
が付くと私は、
吃音を全く気にしない生活を送るようになっていました。

(この「気が付くと」という部分と
「気にしない」という部分が、かなり重要なポイントです)



本当は、「ある日劇的に治りました!」と
派手に言いたいところなのですが、
吃音を克服するというのは、そういうものではありません。


「治す」や「克服する」という表現も、
本当は適切な言葉ではないと思っています。


どちらかというと、
「忘れる」とか「立ち直る」と言った方がしっくりきます。



吃音という問題の本質を理解してくるとわかるのですが、


吃音は、治そうと思ってある日突然治るような、
そういった性質の問題ではありません。



知らないうちにどもる頻度が減り、
そして気が付いたら治っているのです。

治っているというか、気にならないのです。



吃音なんてどうでもいいという感覚です。


もっと言えば、どもってもいいし、
どもらなくてもいい、全く無関心な状態。



例えるなら、失恋の痛みを忘れていくような、
あの感覚に似てないこともないです。



「失恋して凄く辛かったことは覚えている。
あの女以外見えていなかったし、
別れるなんてありえないと思ってた。

でも今はもう何とも思わない。辛いとも悲しいとも思わない。
あの頃は若かった、大変だった、
でも今は元気でいてくれたらそれでいいや」




この感覚です。


もっと言えば、「克服した」という実感すらありません。


たとえば、子供の頃の悩みを思い出すような感覚です。

友達とケンカしたとか、おもちゃが壊れたとか、
今思い出すと、そんなつまらない事で落ち込んでいた
子供の頃の記憶を辿るような、

「覚えてはいるけれど、実感がない」という実感のなさです。



吃 音は治すのではなく、
打ち勝つのでもなく、
吃音の方から勝手に去っていくのです。

本当にいつの間にか去っているので、最初は気が付きません。




なので、大変言いにくいのですが、
正直そこに「感動」はないです(苦笑)。



子供の頃、シュークリームが大好きで、
大人になったら食べきれないほどのシュークリームを買ってやろう
という夢を持っていましたが、

今はそんな夢叶える気すらありませんし、
叶えたとしても絶対に感動しないと思います。


お腹壊しますからね。



「吃音を克服してやるぞ!」と、
今は息巻いていたとしても、

実際にそうなってみると、
「あの気持ちはなんだったんだろう…」となってしまうのです。


よくある吃音改善マニュアルなどでは、

「ある日突然スラスラと言葉が出てくるようになり、感激しました!」

みたいな表現がされていますが、
そういったものを目にするたびに、正直「うーん…」です。


本当は吃音を熟知していない人が販売しているのか、

そういう表現をした方が売れるからそうしているのか、
どちらなのかは私にはわかりませんが。


現在悩んでいる人にとっては、
いまいちよくわからないかもしれませんが、

本当の意味での“克服”を体験した方の
メッセージを読んでいただければ、
理解が深まるのではないでしょうか。



「他 の、もっと大切なモノが見えてきた」
東 京都 (32)

一刻も早く吃音を 克服したいと思っていたので、
最初は「よし、絶対に克服するぞ」
って決めてプログラムを始めました。

でも、プログラムを進めていくうちに、
なんだか取り組みに対する熱意って言うか、気持って言うか、
そういうのが段々と薄れてきたんですよね。

やる気がなくなったという話ではなくて、

何と言うか、
どもることに意識がいかなくなってきたというか、
何か、客観的に自分を見ているような、
そんな感覚になってきたんですね。


それよりももっと、
他の大切なモノが見えてきたというか。


最初の頃はもちろん、
どもりが気になって仕方がなかったですけど、

次第に、気になってもいいや、気にしなくてもいいや、
みたいな。そんな感覚になってきま した。

別に、焦りとか、そんなのもなくなって、
でも段々とどもる頻度は減ってきました。

最終的には普通の人と同じようになりました。

普通の人っていう言葉が適切かどうかはわからないですが、

まあ、普通の人と同じようにしゃべれているんだろうな、
と思っています(苦笑)。

でも、普通の人でもそうじゃなくても、
別にどっちでもいいんですけどね(苦笑)。




「正 直、拍子抜けした感じです。
 みんなこんなものなんでしょうか?」

静 岡県 (27)

何か話したいと 思ったら
その瞬間にもう言葉が出ているというか、
これまでみたいに言葉を出すタイミングや間を取る事がなくなりました。

もともと人前ではあがるタイプなので、
緊張したり、話さなければならない内容を思い出したりはしますが、

昔みたいに、どもったらどうしようとか、
どもった 時はどうやって誤魔化そうかとか、
そんな事は一切考えなくなったと思います。

いや、時々どもることがあるので、
もしかしたら考えているのかもしれませんが、
自分ではよくわかっていません。

とにかく、どもる事に対しての
ストレスが全くなくなったことは事実なので、

克服できたとか、まだできていないとか、
どうでもいいという気持ちです。

吃音を克服した感想を言うと、
正直、少子抜けした感じです。
こんなもんか、と(笑)。

みんなこんなものなんでしょうか?



「なんだか、
 悟りを開いたような気分です」

千 葉県 (41)

治そうと思えば思 うほど深みにはまっていくとか、

吃音は本当は自分の味方だとか、
今まで知らなかった色んな考え方がどんどん入ってきて、
なんだか修行僧の身になった気分でした(苦笑)。

でもその修行僧の気持ちになってプログラムを進めていって、

それと並行して、同時に普段の生活の中でも
常に色んな視点で自分を見つめて、
吃音という存在を 見つめて。

そんな感じで、冷静になって生活していたら、
段々と吃音に対する恐怖が消えていくのがわかりました。

わかりましたというか、
気が付いたら恐怖に感じなくなっていたという感じですかね。

で、恐怖とか不安とか、そういうのが消えると、
自然とどもらなくなって、
自然と吃音自体も気にならなくなったという感じです。

そうなると、
吃音以外の色んな事を客観的に見れるようになって、

人が考えている事とか、女性とか、会社の人間関係とか、
いろいろと冷静に見れて、
今まであった人間関係とか色んな不安が解消された感じです。


すごく人間的に、一気に成長できたような気がします。

中村さんがおっしゃられていた
「吃音を克服するプロセスは、魅力的な人間になるためのトレーニングだ」
という言葉の意味が本当に理解できた瞬間でした。

言い過ぎかもしれませんが、
なんだか、まるで本当に、悟りを開いたような気分です(苦笑)。




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